東京高等裁判所 昭和57年(う)866号 判決
一 東京医大霞ケ浦病院から普通乗用自動車(以下「被告人車」という。)を運転して、肩書住居地で経営するブレザミ幼稚園に向つた被告人は、昭和五五年二月二七日午前一一時二〇分ころ、茨城県稲敷郡阿見町大字阿見四八一八番地イセキ農機株式会社茨城工場南側の道路へ青宿方面から右折進入し、時速約二五粁で西進した。同所付近の同道路は、西方が常盤線荒川沖駅方面、東方が上郷第一住宅方面に通ずる幅員約五米の、中央線は引かれていないが、直線平坦な町道で、普通自動車のすれ違いは困難ではないところ、右町道と青宿から南方へ向う道路との交差点(被告人が右折した地点)辺りからの同町道の南側は、同道路南端から約一・六米離れて生垣、さらにその南は植木畑、畑となつており、道路と生垣との間には、道路南端から路面とほぼ同じ高さの幅数十糎の部分に続いて南へやや下り勾配となつた地面(以下「土手」という。)があり、当時右交差点の西方約六五米の地点から約七五米の地点にかけての土手の枯芝雑草が燃され、その煙が道路上に立ち込め始めて前方の見通しができない状況になつていた。これを視認した被告人は、そのころから前記幼稚園の園児を送るバスが逐次同幼稚園を出発する予定になつており、右バスが同道路付近に来ると危いと考えた。
二 他方、そのころ、前記病院に赴くため、普通貨物自動車(以下「橋本車」という。)を運転し、荒川沖方面から右道路を時速約五〇粁で東進して来た橋本光一は、右枯芝等の燃された個所の四〇余米手前付近で、前方道路の右半分辺りまで立ち込めた煙を見たが、道路左半分は辛うじて見通せたので、時速約三〇粁に減速しただけで、さらに二十数米進行したところ、一〇数米先の煙が道路一杯に広がり、前方が見通せなくなつた。橋本光一としては、右煙の手前で道路左側に寄つて自車を停止させ、煙が消散し前方が見通せるようになつてから進行を開始すべきであつたのにもかかわらず、対向車等はないであろうと軽信し、時速約三〇粁のまま、道路中央から約二〇糎右側部分にはみ出した状態で煙の中に進入した。
三 右道路の南側生垣に囲まれた敷地内に居住している倉持光江が土手の枯芝等を燃し始めた同日午前一〇時ころは、北寄りと思われる風が多少吹いており、煙は同女宅畑の方向(南方)に流れていたが、同所付近道路の北側には高さ約一・八五米の前記工場の万年塀が、道路南側には成人の肩位いの高さの生垣が、それぞれ道路に沿つて東西に直線状に連なり、道路上方は開けている野外であるため、折柄の北寄りと思われる多少の風により、燃された枯芝等の煙の大勢は、生垣の透間より南方へ流れ出ていたもので、本件事故直前ころには、当初燃された土手の枯芝等の火は消え、第三四三号電柱(衝突地点の道路左側所在)付近の一〇米前後にわたる土手の枯芝等が燃えていたにとどまつていたと推認されるから、右枯芝等の密度、燃焼の時間・速度・程度・範囲、風の微弱化乃至一時的な無風状態等によつては、燃焼場所付近の空気の流れが変化し、煙が一時道路上に広がることがあつても、比較的短時間で消散することが推認され得る状況であり、同女は、第三四四号電柱(被告人の進路から見て衝突地点の約四〇メートル手前に所在)の東方約二米離れた生垣北側根元付近の既に火の消えた土手下の側溝内にあつて付近の屑を拾つていたところ、前叙のごとく同女の眼前を黒色の被告人車が停止することなく時速約二〇粁で西方に通過して行つた。
四 被告人は、同女の傍を通過したのち、道路中央より約二〇糎右側部分にはみ出したまま、時速約五乃至八粁に減速しただけで被告人車を進行させ、さらに制動したが一時停止することなく煙の中に進入させたため、前記状態で対向して来た橋本車の右前部に被告人車の右前部を衝突させ、橋本光一及び橋本ふじえに原判示各傷害を負わせた。
右事実によれば、通常の状態にある同道路上では、対向する普通車がすれ違うことは困難ではなく、同道路を利用する車両のあることは推認するにかたくないから、本件当時のごとく(被告人の進路左側の土手の枯芝が燃えて)同道路上の一部に煙が一時的に立ち込めることがあつても、通常人にとつて、その中に車両を進入走行させる者のあるであろうこと及びそのような場合には道路左側端に寄つて走行することの不安及び中央線の引かれていないこと等により、道路中央寄りに乃至は中央から右側部分にはみ出して車両を走行させることもあろうから、反対方向から煙の中を道路中央から右側部分にはみ出して車両を走行させれば、対向車両と衝突するに至るべきことを優に予見することができ、この衝突の危険は、煙の立ち込めた地点乃至枯芝等の燃えている個所の手前で道路の左側端に寄つて停車し、煙が消散し前方を見通し得るのを待つて進行することにより回避することができるのであるから、自動車運転者としては、対向車と衝突するに至るべきことを予見し、かつ、右のごとき措置をとつて衝突を回避すべき義務があると認めるのを相当とするところ、前記交差点を右折し煙が道路上に立ち込めた状況を視認した被告人としては、煙の中を道路中央よりやや右寄りに被告人車を進行させるときは、対向車と衝突に至るべきことを予見することができ、右衝突を回避するため、できるだけ自車を土手の火の消えた道路左側端に寄せて煙の手前で一時停止し、煙が消散し前方を見通し得る状態になるのを待つて進行することが可能であつたから、右結果を予見し、これを回避すべき業務上の注意義務があつたのにかかわらず、これを怠つて煙の手前で停車することなく、道路の中央より約二〇糎右側部分にはみ出して進行するという不適切な行為をしたため、対向して来た橋本車と衝突するという結果を惹起させたことが明らかであるから、被告人の右所為は、過失行為といわざるを得ないのである。